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流しのヒミツ 2000年8月24日
 横浜市のゴミの日は火・木・土の週に3日だが、僕は毎回欠かさずに生ゴミを出すようにしている。
 そしてその都度、流しの排水溝を分解し、隅ずみまでピカピカに洗う。
 それは僕が几帳面な性格で、本だなのほこりに気づいた瞬間に教科書を投げ出し、大掃除をはじめるような浪人生だったということも一つの理由だが、それより何より、ぬぐいにぬぐえない過去の恐怖体験によるところが大きい。

 僕がまだ口説き文句の一つも言えない21歳の大学生だった頃の夏休み、都会の暮らしに疲れた僕はしばらく実家に帰ることにした。
 1週間の滞在後、田舎の暮らしにあきた僕は、愛犬の頭を1年分なでてやってから西国分寺のアパートに戻った。
 そしておもむろに台所に立つ。
 すると、何やらそこらにゴマのつぶつぶが。
 几帳面なくせにめんどくさがりやでもあった僕は、当時台所の掃除をさぼることもままあった。
 したがって、そこにゴマがあるということが自然ではないにしろ不自然なことでもない。
 しかし、どうもフに落ちない。ゴマなんて使ったか?
 とか思いながら回りを見渡すと、床にもゴマ、壁にもゴマ、フロにもゴミにもゴマ・ゴマ・ゴマ。
 誰だ、部屋にゴマをふるやつは!
 よーく見る。じーっ。…ゴマにフシ…ゴマにツヤ…

 
「!!!!!っ、うじ?!」

 ウジだーっ!ウジだーっ!ウーズィームースィーだ〜っ!!

 「はわわわわ…、どうしようどうしよう…!」
 体と気の小さい僕は、それがゴマではなくウジ虫だったと分かったとたん、身動きひとつとれなくなったまま激しくうろたえた。

 「で、でも何とかしなきゃ…き、気持ち悪い…は、は、早く掃除しなきゃ…」
 激しい恐怖にさいなまれながらも、世の中にはつらくとも乗り越えなければいけない悲しみがあることを知っていた僕は、なんとか勇気をふりしぼり、ウジ虫退治に立ち上がった。

 将を射んと欲すれば、まずは馬から。
 さっそく僕は諸悪の根源である生ゴミの入ったゴミ箱を玄関の外にひっぱり出し、古新聞を突っ込んで火をつけた。
 ウジ虫もろとも、またたく間に火だるまになっていくゴミ箱を涙目でにらみながら、心の中で「死ね!死ね!」と繰り返す。
 あらかたゴミ箱が燃え尽きると、今度はじゅうたんと壁にごびりついたウジ虫をシラミつぶしに取りのぞく。
 ここで間違っても掃除機を使ってはならない。吸い込んだウジ虫が掃除機の中で繁殖する危険性があるからだ。
 この戦場では文明の利器など無用の長物。頼れるのは丸めたガムテープと自分に打ち克つ精神力のみ。
 時々聞こえる「ぷちっ」という音に何度か手を止めながらも、なんとか第2ステージをグリア。
 冷や汗をぬぐいながら、ユニットバスをシャワーで丸洗いし、キッチンを流し終わると、ようやく2時間強におよんだウジ虫戦争は終戦を迎えた。
 精も魂も尽き果て、ひとり焼け野原に座り込んだ僕は、変色してしまったゴミ箱を見ながら、 「もう二度と、生ゴミをためるまい」 と強く心に誓ったのであった。

 と、言うわけでふたご家の流しはピッカピカなのである。
かずお