地獄の旅 2000年9月29日
 今日、電車の床で寝ているおじさんを見た。
 そのおじさんはどうやら飲みすぎたらしく、まっ赤な顔してウーウーうなりながら、ゆっくりとのたうちまわっていた。
 まわりのひとはまるで汚いものを見るかのような目でその汚いおじさんを見ている。
 ご多分にもれず、僕も「だらしねーなー」とか思いながらなそのおじさんを見ていたのだが、ふと、そのおじさんの姿に学生時代の自分が重なった。

 僕がまだドルフィンズという兄弟バンドでエレキギターをチャカチャカ弾いていた頃のことだ。
 その日、石川町のライブハウスでのんきなライブをやった後、僕らは来てくれたお客さんや友達と打ち上げに繰り出した。
 まだみんな学生だったこともあり、終電なんかくそくらえのどんちゃん騒ぎ。ひとしきり居酒屋で酔っ払った僕も、カラオケボックスでは女便所で知らない女とけんかするほどの乱れっぷり。みんなそれぞれに本能をむき出しきってふらふらと外に出る頃には、もうすっかり夜は明けていた。
 そして僕らは朝日の中をちどり足で山下公園へ。
 今となってはよく理由も覚えていないのだが、僕はそこで急に機嫌を損ね、楽しく語り合うみんなを尻目に、末っ子丸出しにしてプリッと帰ってしまった。

 そして、地獄の旅は始まった。

 みんなが追いかけてくるかなとか思いながらも、振り返って誰もいなかったらみじめすぎるので、がんとして振り向かずに僕は黙々と石川町駅に向かって歩いていた。しかし、しこたま酔っ払っていた僕はハマっ子のくせして道に迷ってしまった。左手にエレキギター、右手にアコースティックギター、そして重たいリュックとブーツ。 途方にくれた僕は、いつのまにか道ばたで眠りこけていた。

 「おい君、こんなところで何やっとるんだ」
 おまわりさんのチビシー声にハッと目を覚ました僕は、
 「あっ…、はっ・・、はいはい!ダイジョーブです!」
 と、つとめて元気に答えながら、ガバリと起き上がって逃げるように歩き出した。

 猛烈な睡魔との戦いの末、ようやくたどりついたのは、なぜか関内駅。
 ホーッ!と息をつき、階段を上り、ベンチにどっかりと座る。…zzz…

 「♪パパパパンパン パパパパパパ パラリラ〜ン」
 発車ベルの軽やかな音にハッと目を覚ました僕は、ギターをふんづかんで電車に飛び乗った。
 しかし、僕がひと眠りしている間に、世の中はすでに激動のラッシュアワー。大荷物を持って乗ってきた社会のお荷物に、大人たちの目は冷たい。
 しばらくは恐縮してシャキッとしていたのだが、やがて力尽きるようにまぶたを下ろし、そして記憶はすっ飛んだ。

 「東京〜 東京〜」
 愛想のない駅員のアナウンスにハッと目を覚ますと、すでにガラガラになった車両の床のまん中で、僕はギターを抱いたまま寝っころがっていた。
「…やれやれ」
 何事もなかったかのようゆっくりと立ち上がり、途中で目を覚まさなかった自分に深く感謝をしつつ、京浜東北線のホームを後にした。

 さて、わが町「西国分寺」まであと一息。あとは中央線でひたすら西へ。
 ようやくやわらかいシートに座った僕は、この上ない安堵感に抱かれながら、四たび夢の世界へ。

 「プシューッ」
 ドアの開く無機質な音にハッと目を覚ました僕は、目に入った「西八王子」の文字に乗り過ごした自分を知り、あわててホームに飛び出した。
 5つも乗り過ごしたくせに「セーフ!」とか思いながら、向かいのホームの電車に乗ろうとすると、
 「東京行き、発車しまーす」
 というアナウンスとともに、今飛び降りた電車のドアが閉まった。
 …どうやら僕は5駅どころか、東京から終点まで行って折り返してきたらしい。

 ふがいない自分にがっくり肩を落とし、次の電車に乗って僕はようやく西国分寺にたどり着いたのだった。

 もうろうとする意識の中、自分の部屋のドアを開け、ベッドに倒れ込む。
 あの時の感動を、僕は今でも忘れない。

 まったくもって人生の恥部以外の何ものでもない思い出だが、確かにあの時は人の目なんて気にしていられないくらい、苦しかった。
 あの鬼のような酔いと疲労と睡魔の中で、き然と電車に乗って2時間の道のりを帰れるやつはまずいないだろう。

 きっと、おじさんも苦しいんだ。
 僕にはわかる。
 あなたのその苦しみに比べたら、僕があなたを見て感じる不快感なんて屁みたいなもの。
 なにも遠慮することはない。さあ、思いっきり転がりなさい。

 いつしか僕は慈悲深い神様のようなまなざしで、そのおじさんを見ていた。
かずお