口内炎の治し方 2000年8月14日
 ここ何日間か、僕は口内炎を患っており、おにぎりの梅干にさえおびえる日々を送っている。
 世の中には天然パーマの人とそうでない人がいるように、口内炎になる人もいればならない人もいるらしい。
 そんな幸せ者に尻目にされながら、僕は今まで数え切れない口内炎と戦ってきた。

 そのルーツをたぐると、まず小学生の頃までは母の教えで『チョコラBB』を服用していた。
 その医学的根拠を鋭く分析してみると、口内炎はビタミンBが不足することによってできると見た。
 しかしながら口内炎のできたビタミンB不足のからだに今さらエサをやったところで、それは骨が折れてからカルシウムを摂取するようなものだ。口内炎のできにくい体になろうとも、できてしまった口内炎を治すことはでき(そうに)ない。
 「そもそも傷に触れもしないで治せるものか!」みたいな非科学的な不信感もあり、しだいに『チョコラBB』を「あれは甘いからうまい」程度の理由でしか飲まなくなっていった。

 さて、時の流れは早いもので、そんなぼうずも中学生になった。
 おりしも保健室の掃除当番だった僕は、そこに集まるヤンキー姉さんたちにいろいろな口内炎治療法を伝授された。
 今となってはそのほとんどを忘れてしまったが、覚えているのはまず『ハチミツを塗る』という方法。
 さっそくうちに帰って台所にあったハチミツを塗る。塗る。塗る。
 おふくろの不可解な視線を横顔に受けながら、僕は取りつかれたようにハチミツを塗った。
 しかし、すぐ治るわけないのにすぐ治ると思っていた僕はすぐ治らないのですぐにそれをやめた。
 その次に試したのが『塩を塗る』という方法。
 さっそくうちに帰って台所にあった塩を塗る。塗…いたい…いたい!…いたーいっ!!!!
 見るに見かねたおふくろに自分がだまされていることを諭されながら、丸坊主の少年は何度も口をゆすぐのだった。

 さてさて、ぽーんと記憶は飛び、僕は花の大学生になった。
 リズム感のない不規則な生活を送っていた僕は、相変わらず口内炎とはもちつもたれつの仲だった。
 しかしこの頃になると、まわりのやつらも口内炎との付き合いが長いためか、いろいろ効果的な方法を会得することができた。
 中にはバーボンで口をゆすいで治す、という掲示板に同じことを何度も書き込む趣味を持つ豪傑もいたが、もっぱら僕は外用薬に傾倒していた。
 当時もっとも愛用したのが口内外用薬『ケナログ』。これは当時新丸子のカラオケ屋でバイトしていた和久井映見似の女の子が、外用薬の存在すら知らなかった僕に買ってきてくれたものだが、やはり傷口に直接塗る、という手ごたえがたまらなくいい。
 気のせいだがこれを塗ると1日、2日は早く治る。
 それがないときは『イソジン』で口をゆすぐ。これは僕に口内炎の遺伝子を植え付けたうちのおやじが愛用してるもので、ゆすいだ直後は痛みすら感じないほどの効きよう。
 しかしこれは外用薬に比べ容器が大きく、持ち運ぶには不便であるのと、しばらく使っているうちにふたがイソジンでガキガキに固まり、ちょっとやそっとでは開かなくなるという欠点があり、一世を風靡するにはいたらなかった。

 さて、そんなこんなで何とか口内炎とも互角に張り合えるようになり、満を持して僕は社会人となった。
 これは最近の話だが、とある酒の席で口内炎の話になり、みなそれぞれに確立された口内炎テクニックを自慢しあう中、「なるほど!」と思うアイデアを提言した男がいた。
 その男は僕とうりふたつの顔を紅潮させながらこう語った。

 「お前ら、口内炎がどうして治りにくいか分かるか?」
 (一同首をかしげる)
 「それは口の中が粘膜になっているからさ!だって手とか足とかのケガって比較的治りやすいだろ?それはそこが乾いているからなんだよ!」
 (一同フンフン言う)
 「だからさ、きっと口の中を乾かしちゃえば口内炎だってすぐ治るはず!」
 (場内騒然)

 それ以後、幸いにも口内炎にならなかった僕は、このたび、その革新的な方法にトライしてみることにした。
 最近美容院に行った男を鏡に映しながら口びるをめくり、ヘアードライヤーを冷風にして患部に風を当てる。
 フオーン…ファファファファファ〜ン…(振っている)ブオオーン…(近づけてみる)…
 しかし、当てども当てどもなかなか乾くようすがない。
 不信に思い、よくよくその患部付近を観察してみると、風を受けた患部付近から、次から次へと唾液が分泌されているのが見えた。
 何のことはない。
 そもそも唾液分泌腺の仕事は口の中を常に潤すことにある。風を受けて口の中が乾きそうになれば、唾液分泌腺が活発化し、潤おそうとするのは当然のなりゆきである。
 「あたりまえのことをしたまでです。」
 唾液分泌腺の意外と男らしい声が聞こえたような気がして、僕は明らかに無意味なその作業を投げ出した。

 次の日、ますます不機嫌な顔をして仕事をしている(フリをしている)僕に、はす向かいの先輩が声をかけてきた。
 「口内炎と肌荒れにはこれが効くのよ」
 取り出しましたるは、小ビンに入ったビタミンB錠。
 「やれやれ。あなた今どきそんなもの使ってたら国の天然記念物に指定されちゃうわよ。」などと明らかにピーコの影響を受けた辛口文句をかみ殺し、「えっ♪、そうなんですか?」とか言いながらうれしそうに小ビンを拝借するO型男。
 するとその人妻、
 「これを口内炎になりかけたときに、7、8粒いっぺんに飲むの。そうするとすーぐなおっちゃうよ。」
 かっ…画期的!!
 「口内炎になりかけたとき」というのが引っかかるが、その常軌を逸した戦略に激しく心をうたれた僕は、さっそくそれを試すことにした。
 ビタミン剤をザラリと手にとり、ガボリといっきにほおばる。
 えもいわれぬドラマチックな気分。ついに俺もドラッグに手を…。

 さて、その効用やいかに。
 残念ながらすでに全盛期を迎えている口内炎を一撃で退治することはできなかったが、おしっこがまっ黄色になるほどにビタミンBが充満したこの肉体に、当分は口内炎も悪さはできまい。

 長い長い戦いの歴史を振り返ってみれば、結局のところ要するに「ふだんの心がけが大事である」ということなのだ。
 しかしそれを言っちゃーオシメーなので、今後も僕はあの手この手で口内炎に立ち向かう所存である。
 誰か一緒に戦おうという勇敢な同士、僕に君の必殺技を教えてくれたまえ!
かずお